使えるJapanese language
翌朝、バコロド空港に着くと、「ネグロス平和と民衆自立のための協議会」のVさんが迎えにきてくれていた。
宿舎でもあるネグロス復興救援センターの事務所に荷物を置き、すぐに街へ出てネグロス島の地図とバコロド市街図を買う。
地図がないと歩けないようでは、やはり私は書斎人なのかもしれない。
空港と海岸とのあいだの湿地にゴミ捨て場があり、そこにひろがるスラムを訪ねる。
案内してくれたのは、カオサという都市細民を支援するNGOのジュリエックさんである。
このカオサに限らず、ネグロスに新しいNGOがたくさん誕生している。
中心人物に会って活動歴を聞くと、一〇年以上の経験者が多い。
なんらかの事情で、一九九三年ごろから新組織を作る必要が生まれたに相違ない。
都市細民と零細漁民の集落が重なっているこのスラムの生活条件は、新鮮な小魚が海辺から入手できる点を除けば、マニラの煙の山と似ている。
農村と違って、居住環境は悪い。
テレビがあったり、娘をブルネイに出稼ぎにゆかせたりしている。
午後、ツブラン研修農場(八ヘクタール)に行く。
農民が下からの土地改革により、占拠し、自主管理している農地のために、有機農法による研修事業をおこなっている。
水力による揚水ポンプの設置などおもしろい実験もしている。
ネグロス農業の説明を聞いたあと、有機農産物を輸入する側から見た、年来の疑問を投げてみた。
島の土壌から有機物ばかりを海外に輸出してきた一方通行の農業を、いつまでも続けられるだろうか。
産み出された有機物をふたたび土壌に返すためには、海外から砂糖やバナナ輸出に見合うだけの有機物輸入が必要だが、それは見込めないので、加工度の高い、輸出の多角化か必要ではないか。
また、研修農場の緊急の課題は、有機農法や技術指導よりも大土地所有者の農園に負けないような経済性のある農業経営の手本を周囲の農民に示すことではないか。
そのためには、ツブラソ農場を研修部門と経営部門にはっきりわけではどうか。
そして、後者では地域の人たちが、モノカルチャーよりも複合経営のほうが優位である、と納得するような農業をおこない、その収支も公開したらどうか。
Aさんも農場の人たちも、いまその課題に取り組んでいるところだ、という返事であった。
翌日、島に来ていたネグロス・キャンペーン委員会のA、O、K、Mの諸氏に雷同して、バゴ市にあるカバソ共同養魚場を訪ねた。
かつて日本軍も駐屯していた汽水域二三ヘクタールを、三三戸の漁民が養魚場に活用している。
Aさんがじょうずにカニをつかまえ、お昼のご馳走にしてくれる。
ここでも、冷凍エビの輸出に代わる水産物加工業が課題であろう。
そのあと、ナポリス村の自主管理農地を見学した。
一九七二年に、国営土地改良事業で水利施設か完成した稲作農村に立地している。
水田稲作に関する限り、日本の農村と同様がんかい施設の有無が決定的である。
ここでは、複合農業や有機農業の実験がおこなわれている。
帰りに、ラーグランハ教会のT神父を訪ねた。
同神父とは、ネグロス滞在中に三回も話しあった。
話題の焦点は、数年前にフィリピン共産党の新人民軍の兵士となり、八月末に政府軍に射殺されたミンダナオ島ダバオのN神父の生き方であった。
一般に教区司祭の生活条件は、農民や漁民にくらべると特権的である。
いくら話しても、値民地支配の道具となり、抑圧者の側にいたネグロスの神父たちが、武装解放闘争に共感を持つ状況を信じることはむずかしかった。
バナナ村を訪ねる三日めには、ネグロス復興救援センターのEさんの案内でバナナ村地区を訪問した。
私はネグロス島がこんなに寒いところだとは知らなかったので、防寒具を用意していなかった。
それで衣装持ちのOさんから、セーターやジャンパーを借りてゆく。
四輪駆動の自動車とはいえ、雨季でぬかるんだ斜面をスリップしながら登るのは、あまり気持ちのよいものではない。
ラビンサフソ村で車を降りると、取り囲んだ村の人びとはOさんを見慣れているのであろう、たちどころに「セイコの服だ」と見抜いてしまった。
降雨が激しいので、バナナ農家のアルマンドさんの家に上がり、トウモロコシの脱穀を手伝いながら話しあう。
そこにバランゴン生産者協会前委員長のエバさんが来た。
エバさんだけが英語を少し話す。
PPの集会に参加したときは、彼女と同じホテルに泊まっていたことがわかる。
「亭主がよい人で、掃除、洗濯、料理、育児をすべてしてくれ、私が外泊しても苦情をいいません」という。
「いい人でよかったね」とひとごとながら、うれしくなる。
ふだんは日本人が質問攻めにするでしょうから、と断って村の人たちのインタビューを受ける。
しかし、日本人の暮らしをわかってもらうのは、やさしくない。
食管法の説明を始めると、インダさんも通訳に困ってしまう。
やはり、日本に来てもらうよりほかない。
ひとつだけ、こちらから質問する。
「日本人のように借金が返せなくて、夜逃げしたり自殺したりする事件はありますか」『いいえ。
失恋して自殺する人はいたが、借金で死んだ話は聞いたことがない』人間にとって、失恋と借金の、どちらか深刻な問題だろうか。
バナナを栽培する農民の暮らしは質素だが、生活の基盤はしっかりしている。
都市細民より、はるかに健康的である。
電灯がないから、夜ふかしせず早寝早起きである。
けれども学校、病院、買い物などになると交通手段が限られる。
夜来の豪雨が去ったので、早朝六時から、Eさんとバナナ村地区めぐりをする。
「この夏は喘息の発作がひどく、自宅の一一階に上がるにも息子におんぶしてもらっている」と、私はEさんに話しておいた。
小柄な彼女は、自分の手におえなければ、村の人に応援を頼むつもりだったという。
山村や谷間を数時間登り降りしたが不思議にも喘息の発作は起こらなかった。
スリランカ製の擦り切れた革草を履いて、足元は泥だらけになったが転ぶこともなかった。
しかし、山村の暮らしの厳しさは十二分に理解できた。
その厳しさのなかで人びとの暮らしが改善されてゆく様子がうかがえる。
おけても、国際砂糖市場の価格変動に左右される既存のプランテーションと違って、バナナ輸出だけに頼ることなく、畜産をふくむ畑地や森林の多角利用に歩みはじめた山村の景観は、民衆の希望を表現している。
バコロド市に戻りラーサール大学へ資料収集に行った。
その途中、「私は都市細民です。
立ち退きを迫られているスラムの自宅を見ますか」とEさんがいう。
行ってみると、私の生まれた京都西陣の路地裏の家とよく似ている。
「これがスラムなら、私も都市細民です」。
私たちは、NGOよりもNNPO(民衆組織)にふさわしい人間だ、と二人で合意した。
多くのアジア諸国では、NGOとNNPOとのあいだに一種の役割分担がみられる。
高等教育を受けた人たちが組織する民間公益法人のNGOが、先進国の援助団体と協力してプロジェクトを作り、地域住民の組織であるNNPOが実施地域での建設、生産、流通、分配などの活動をする。
ラーサール大学社会開発研究所に行くと、所長に会うことができた。
彼女はイングランド風の素晴らしい英語で、間違いだらけの英語を話す都市細民を圧倒する。
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